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卍易風水ブログ

タオ的日暮らし日記

旅先で僧侶から教わった、瞑想呼吸法

7/28/2016

コメント

 

ヨガも気功も丹田も知らないままで大丈夫!瞑想呼吸法

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ナカヤです、こんにちは。

今回の風水ブログは「旅先で僧侶から教わった、瞑想呼吸法」のお話です。

この瞑想呼吸法は、かつて私がバックパッカーのようなことにはまり込んでいた時代、僧侶から習ったものです。

非常にリラックスしますし、気功もヨガも知らなくても大丈夫ですし、丹田などの体のポイントを意識しなくて良い、シンプルで優れた方法です。

旅を終えてお店をやるようになってから、あるお客さんに教えてもらったのですが、どうもこの瞑想呼吸法、ベトナム戦争時代にアメリカに亡命したティクナット・ハーンという高僧が伝えたものだということでした。

そしてこの瞑想呼吸法は、現在はグーグル社でも実際に取り入れられている方法です。

このお話からも、精神を落ち着かせるのに効果がある方法だというのがわかるかと思います。

プロフィールでも少し触れていますが、私はこの方法によって、旅先で突然かかってしまったノイローゼから何とか脱出することが出来ました。

​
どんないきさつで私はこの瞑想呼吸法を学ぶことになったのか、それでは旅のお話をはじめます。

バンコックに到着したとたん、ノイローゼに

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当時のバンコックの安宿は、ものすごくエアコンが効いていて寒く、亜熱帯の国ですので外は猛暑で、きっとその寒暖差にやられてしまったのだと思います。

バンコックに到着後、たったの3日で最悪の精神状態になってしまいました。

気分は鬱々として晴れず、孤独で自分に駄目出しをし、このまま死んでしまおうか、いやいやそれも怖い、またそれと同時に助かりたいとも思い、すっかりおかしくなってしまいました。


精神が病んでしまったピークの晩に、私はひたすらただ祈り続けました。祈ることなど、これまで一度もやったことのない経験です。


お願いするでもなく、ただ祈り続けました。


どのぐらい祈り続けたでしょう、気がつくとと少し心が軽くなっていました。これはいけるかもしれない。
そして祈り続けたまま眠りにつき、起きた頃には「とにかくなんとかしよう」と思うまでになっていました。



よし、とにかく外に出て動こう、そう思えたのは幸いでした。


自分の適当な(とはいえ必死でしたが)祈りでこれだけ楽になったのだから、そういう道のプロに教えてもらえばもっと楽になるに違いない。


私はそう思い、外に出る前にバックパックの中からガイドブックを取り出してページをめくりました。​


運の良いことに、日本から持っていった旅のガイドブックには、瞑想を習うことが出来るお寺のことが小さく掲載されていました。

きっと他の本だったら載っていないようなマイナーな情報です。ガイドブックはざっと目を通していただけなのによく覚えていたなと自分に驚きました。たぶん危険信号を脳が察知していたのでしょう。

その当時の本は、今でも残しています。下の画像の本です。
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「海洋アジア」。

今から二十年くらい前、共に旅した本。

当時はインターネットも今のように発達していなかったので、重くはなりましたが初級バックパッカーにとってガイドブックは必須でした。

随分ボロボロです。この本の情報に何度か助けられました。

アジア・アフリカなどの一人旅はマイナーな旅とされていました。

仕事以外での旅行は、旅行会社が企画するパックツアーが常識で、それ以外はまだまだ珍しかったと思います。

しかも、国内で売られているガイドブックには大きな問題がありました。

たとえ新しく出版されたとしても、現地の新しい情報は全然載っていないというのが僻地ガイドブックの当たり前でした。

旅行者は最初、現地でその事実に驚き(場所がない!)、次にガイドブックに腹を立て(だまされた!)、最後に情報を鵜呑みにしていた自分の愚かさに悔しがる(なんてこった!)という3ステップをもれなく踏みます。

それから次に、同じように腹を立てている旅行者を見て「まぁまぁそれは仕方がないよ~」と余裕をもっていさめるようになるのが次のステップです。


今では良い思い出です。


当時最もメジャーな一人旅用のガイドブックは、バックパッカーの間では「地球の迷い方」と呼ばれていました。

当時ほぼ全世界の国々を網羅していたそのガイドブックは、特に僻地に関しては実にルーズで、何年も昔の情報が写真入りで掲載され続けていました。

ホテルやお店などの名前が変わっていたりするのは当たり前で、すでに存在が無くなっていることもよくあり、場所によって下手すれば立ち入り禁止、最悪の場合危険地帯になっていることもままあるという実にアドベンチャー要素の大きいシロモノでした。

最初は誰もがこのことに気がつかないまま、本の情報を鵜呑みにして目的地を探し続けるので、「いつまでも迷い続ける」ことになります。

そこからこのガイドブックは「迷い方」と呼ばれ、ゲストハウスにはせめてもの意趣返しとばかりに表紙が書き替えられ、複数放置されていることもありました。


​それも今では良い思い出です。


旅先では、とりあえず現地に行ってみなければ分からない、そういったことがたくさんありました。

そういった中で、「海洋アジア」はなかなか素晴らしい評判の本でした。

どうしてamazonもない時代に本の善し悪しが分かったかって?

はい、それは日本人が良く集まる宿やレストランには、必ずたいてい「旅人日記」というものが常備されていたからです。
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ちなみに「海洋アジア」、ここのページ。カオサンロード周辺の地図の横に、小さく瞑想レクチャーの一文が数行載っています。

赤くボールペンで丸をつけています。

しおり代わりに使った紙の切れ端も当時のままでした。右の領収書も本から出てきました。領収書は比較的綺麗ですね。

​さてさて、「旅人日記」というと、笑われてしまいそうなネーミングです。当時はだいたいどこでもそう呼ばれていたように思います。

それは、色んな国を旅したさまざまな旅行者達が生の情報を書き綴ったノートで、相互に助け合うためにそこで最新情報を交換していました。

次の旅のルートはこうした方が良いとか、あそこの陸路は閉鎖されたから今は越境できないとか、どこそこのカーペット屋は裏で高いレートで両替しているとか、色んな情報が書かれていました。

中には愚痴や文句、売春やドラッグのことなどひどい情報もありましたが、それを見て怒り狂ったであろう旅人が上から黒く塗りつぶしていたり、説教を書いた紙を挟んでいたり、嘘の情報は修正されていたりしていて、一見の価値があるものでした。


「旅人日記」はまるで、ちょっとした宝の地図を見るような、そんな面白さがありました。


そして、出会った何人かの日本人バックパッカーたちの口コミに加え、「旅人日記」がこの本をおすすめしていました。この本は旅の情報が比較的新しく、他のガイドブックには載っていないマイナーな情報もたくさんあるからとても良いとのことでした。

当時は、タイ~マレーシア~インドネシアへ順繰りに旅していこうと考えていましたので、「海洋アジア」を忘れずにバックパックに詰め込んでいたことが良かったのです。

はじめて習った瞑想法と呼吸法

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随分と話が飛んでしまいました。

閑話休題。

さて、話をバンコックのノイローゼに戻します。

ワットマハタートというお寺で瞑想呼吸法を教えてくれるというガイドブックの情報から、お寺探しが始まりました。

猛暑の中ふらふらと出かけ、坊さんに聞けば分かると思って適当に捕まえてワットマハタートについて聞きました。

その坊さんは「瞑想?!任しておけ!」と言いながらふらふらの私に「ついてこい!」といい、「乗れ!」と言ってタクシーに乗せ(当然ながら支払いは私です)、最初に本屋まで連れて行きました。

なんだ?あれ?伝わらなかったのかな?もしかしてここで場所を調べるのかな?などととぼんやり考えていると、どうもそうではありません。

児童用の本を山のように私の前に持ってきて「これを全部買え!」といいます。そして「自分に寄付しろ!」と、そう言うのです。

​本屋の店員を見れば、何となく苦い顔をしてこちらを見ていました。何となく、何となくですが「ボラーレ」の曲が頭の中に浮かんできました。ボラれるのか?本当に寄付なのか?

しかし、私は心身の疲れから、そんなことはもうどうでも良くなっていましたので、言われるがままに本を買い、坊さんに渡しました。

すると今度は坊さんは本をそのままにタクシーを拾って私を乗せ、自分は乗らずにドアを閉めました。

タクシーが走り出します。

ぼうっとしていた私も、さすがにこのままではいけないと思い、何度も「ワットマハタート、ワットマハタート」とだけ繰り返しました。

当時のタクシーは、メーターを使わないぼったくりタクシーも横行していましたので、これ以上のストレスはもう耐えられないと、不安でいっぱいでした。

坊さん効果かありがたいことにタクシーはすんなりワットマハタートに到着し、門をくぐって中の坊さんにどうか瞑想を教えている場所まで連れて行ってくれと懇願しました。まさに懇願です。すでに疲労困憊でしたが必死でした。お坊さんは余裕のなくなっている私を見て、少し慌てていたと思います。そう言えば坊さんに「病院に行くか?」と聞かれたことも今思い出しました。

それでもすぐに瞑想の場所まで連れて行ってくれました。私は両手を合わせて感謝しました。

今、その時の情景を思い出しながら書いています。お堂の前で「私」を引き渡したお坊さんは、もうワシャ知らんと、さっさとどこかへ行ってしまいました。私はお堂の前に立つ、引き継ぎのお坊さんに、瞑想を教えてくれ、ノイローゼになってしまった、そう言いました。

「メディテーション、プラクティス、プリーズ、ミー、ノイローゼ」そんな英語を言っていたように思います。

お坊さんは静かについてこいと私にいい、薄暗いお寺の中に招き入れてくれました。
あまり広いとは言えないお堂の中では、数人のタイ人がゾンビのようにゆっくりと歩きまわっているのが最初に目につきました。

え?この人らは何?

私はエライ所に来てしまったと思いました。ただもうそれも、自分もおかしくなり始めているし、なるようになるか?いや逃げだそうかと頭の中でぐるぐるしていました。

お坊さんは、呆然としながら恐れをなしている私を見て微笑み、ゆっくりとした英単語を使って瞑想呼吸法をレクチャーし始めました。


「じゃぁさっそく今からこの人達(ゾンビ)と同じように、目をつぶってただひたすらゆっくりと歩きなさい。」そう言います。


え?これって瞑想だったんだ・・・。

言われるままに瞑想し続けたら・・・

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その瞑想呼吸法は、立って歩く瞑想呼吸法でした。

目をつぶり、できるだけゆっくりと歩くだけ。
私は言われるままに従いました。


呼吸は鼻でしなさい。


常に自然に呼吸して。


動くのはもっとゆっくりと。


もっとゆっくり歩きなさい。


ぶつかっても大丈夫なくらいゆっくり。


考えるのではなく、感じなさい。


息をしている自分を感じて。


歩いている自分を感じて。


ゆっくり感じて。


そうやって始めてから気がつくと、あっという間に30分がたっていました。


立って歩く瞑想呼吸法は、座る瞑想法よりも優れている部分があります。
それは、α波が出やすいというか、変性意識状態になりやすいというか、深いリラックス状態、瞑想状態に入りやすいのです。

さらに、座ってやる瞑想法と比べ、はるかに外部の音が気にならないという特徴もあります。

私はそこでは結局数時間、瞑想呼吸法をやり続け、自分でも随分と気分が良くなってきているのが分かりました。

そして、次の日から自分の部屋でこの瞑想呼吸法を繰り返し続けました。

そうやって4日ほどすると、ノイローゼは無くなっていました。私はもう一度ワットマハタートに戻り、今度は座る瞑想法を教えてもらいました。

私に瞑想呼吸法を教えてくれたお坊さんは、最後に私を見て「もう大丈夫」と微笑んでくれました。

そうやって、私はお寺と瞑想が好きになりました。


さて、タイにはたくさんのお寺があります。

ある時、他のお寺に出かけ、誰もいなかったので座りながらこっそりと瞑想をしました。

しばらくすると静かに誰かがやってきました。私がゆっくり目を開けると、それはお寺のお坊さんで、ニッコリ笑いそのまま続けてとゼスチャーをして去って行きました。

どうもタイでは、いつでも許可無くお寺で勝手に瞑想してもかまわないようでした。


ある時、また別のお寺で瞑想をしていました。しばらくすると私のような外国人観光客がどやどやとやってきて、わいわい騒ぎ出しました。

するとお坊さんが急いでやってきて、静かにしないならもう帰りなさいと、怒って彼らを追い返してしまいました。お堂の中で静かに出来ない観光客に対して、いつもそうやって怒って追い返しているような感じでした。

これも日本のお寺と違うことでした。

​
さて、私はこれらのノイローゼ脱出体験から、すっかりと瞑想が好きになってしまい、旅の間は毎日瞑想三昧で、帰国してからも続けるようになっていました。

そうすると面白いことに、自分の心が落ち着いているかいないのかの違いが、はっきりと分かるようになってきます。

癒しの呼吸と心のしくみについて

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さて、私たちは自分が考えている以上につながりのある世界に生きています。


例えば、呼吸について。

息を吸ったり吐いたりすることは、それこそ当たり前のことですが、ある宇宙物理学者の計算によれば、私たちが一呼吸すると、これまで生きてきたすべての人と同じ空気を吸っているといいます。


ひと呼吸分の酸素分子の数から計算するとそうなるらしいのです。

その物理学者は、自分が良い気分になりたいと思う時、自分はアレキサンダーと同じ空気を吸っていることを想像し、深呼吸するのだそうです。

かつて偉大なアレキサンダー大王が吸っていた空気のひとつの分子が、少なくとも今自分の肺にも入っている、そう想像することで、英雄を身近に感じることができ、彼から勇気をもらえるとのことです。


素晴らしい何者かとつながっていることを想像しながら呼吸を整えリラックスすることは、たいへんな癒しになります。



実は、これと似たような言葉は古く日本にも伝わっていて、五常(ごじょう・五つの心)でいう「礼(れい)」にあたります。

礼とは本来、立ち居振る舞いを整えること。

お店で扱っている「五常カード」のうちの「礼」の一枚に「自分の尊敬する人ならどう考えるかを想像する」というものがあり、これも同じ癒しの解決方法です。


ものごとがうまくはかどらない、調子の悪い状態というのは、呼吸も浅く、迷いが多くなります。


浅い呼吸は、動物で言えば猿の呼吸です。

動物園に行って猿を観察してみるとよくわかります。

猿の呼吸に落ち着きはありません。ただし、この呼吸が悪くてダメというわけではありません。

なぜなら、この呼吸は勢いをつけていく時や、スタートダッシュに必要な呼吸でもあるからです。


ただ、心の問題で言えば、自分が迷っている時というのは、ありのままの自分を認めることができないことが原因というのが往々にしてあります。ありのままの自分をほったらかしにして猿の呼吸をしていると自分はどんどん置いてけぼりにされてしまいます。


そんな時は、今の自分自身をどれだけ許せるか、深いゆっくりとした呼吸が解決のキーワードになります。


世の中が、自分の想像以上に目に見えないつながりでできていることがわかると、どのようなできごとも今の自分に100%必要であったのだと、後にはっとさせられることにもなります。

それはまるで、映画や小説などのストーリーで気がつかないうちに伏線が張られ、結局「ああ、だからあの出来事があったのだ」と、してやられたような感覚に似ています。

このようなことを「天網恢々、粗にして失わず(漏らさず)」と言います。人々の繋がり(天の網)は一見スカスカ(粗にして)で繋がっていないように見えますが、もれなくすべてが繋がっている(失わず)という意味です。


不思議なことに、毎日瞑想を続けると、このようなことが自然に分かるようになってきます。

瞑想は、たくさんの気づきを私たちにもたらしてくれるのです。

ちなみにこの言葉は、老子「道徳経」の一説です。やさしく翻訳したものがブログ「タオイスト入門」にありますので、興味のある方はぜひどうぞご覧になって下さい。

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